これは、私の実の男性の談話なのですが。

父さんが56年代ぐらいのときだ。俺は実家建設中で、3ヶ月のほど自宅に間借りしていました。

その時は赤ん坊も小さくみっちり美しい盛りの2年代些か。父さんも少々の同居を甚だ喜んでいました。

その頃は女も依然として生きていましたが、とことん父さんのにおいて不満はきいていました。丁度その頃「主人元気で留守がすばらしい。」という文字が流行っているうちでした。

昔から紛争はするけど関わりが良かった父母なので、私もあんまり気にせず聞き流していたのですが、一緒に住み取りかかり「ふむふむなぁ。」と思い始めました。

やはり父さんは常に、なんにでも怒っているような受け取りなのです。アクセントも力強いグッズでしたが、一度思い込んでしまったらその発想に固執してしまい、二度と何を言ってもダメなのです。

一度怒ったら怒りっぱなし、ここが違うと言っても「もうよろしい!」って内容も聞いてくれないので取り付く島もありません。感情のいいところ弁解しても「お前場合の言葉づかいが腹黒い!」というまた、違う道のりに怒りが炸裂。再び触らぬ神業に祟り無し。

で、全てハラハラしていました。そういった身寄りの動きに気づくと余計にジリジリ。そういう父さんという負たちの暮らしはさぞかし触発だったろうにな。と女が無残になりました。その時にやっと、メンズも更年期があるということを知りました。

女はこれからガンで他界しそれから9階級たちますが、父さんも無論年代を取り自然と丸くなりました。
今では素晴らしい先祖だ。水着になるのが恥ずかしい。お腹に妊娠線を作らない方法とは?