介護っていつまで貫くんだろう、積み重ねるのだろう

介護にも、父兄の介護、嫁の介護などありますが、私の実例彼氏の父親(義父)の介護をしています。
女手がいないわけではなく、彼氏の母(姑)も同居消息筋だ。そうしてその姑は至って元気だ。

近隣からみると、なんで奥さんが気掛かりを見る(介護)ことをとめるの?といった聞かれますが、介護に至った道筋を考えるって介護に関わる輩はオリジナル、生き方、心持ちがあるかと思います。それは、献身系統に支えようという輩ばかりではないということです。

うちのことを前例とするならば、家庭的な輩であれば建物における所作、所帯をすることに抵抗なくやりこなすのかもしれませんが、姑の場合は建物のことやるタイプではなく外に出たいタイプであり建物のことは子供たちにまかせてしまう輩だ。それで室内のことを本当に決めるという輩ではないため義父に介護が必要になった時にも「面倒い、やりたくない」と言い、義父から呼ばれても黙殺を通じて行かない、心ならずも行けば文句を言う、そんな輩なのです。

すると子供の奥様ですぼくに多々申請を言ってくる義父、断れない境遇を行渡りつつ言ってくることに本音負担もあります。
また、それでいて姑は周りの近所に自分がすべて看ていて大変であるということを言っているみたいで、それもまたぼくにとっては負担なのです。

但し近隣は姑のオリジナルを知っているらしく、正しくやっていないことも分かっているってぼくに情けしてくれます。
介護公認を取り、援助まね君や外出来院、看護、リハビリなど建物に色々な方たちがあるようになったのですが、姑は顔を合わせても会釈もしなかったりするので更に義父の介護をやっていないということがわかっていただいているようなので、ぼくに腹心がいるのだとおもうことが原動力としてやっています。

今はデイサービスやショートステイも利用しながら、義父の介護をする一年中。完治するけがや病とは違い、介護が必要な病になってしまった結果この状態がいつまで貫くのか、そのため本音憂鬱な四六時中だ。バランスの取れた食事と言っても働く女性にとってむずかしい問題。その解決策とは?